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新証拠「日航123便墜落」生存者は自衛隊が「火炎放射器」で焼き殺す!多量のベンゼン環が発見された【国家犯罪】知るのは中曽根康弘!そのミサイル撃墜は自衛隊か、米国か?死者五百数十名、御巣鷹山の謎!

新証拠「日航123便墜落」


生存者は自衛隊が


「火炎放射器」で焼き殺す!


多量のベンゼン環が発見された


【国家犯罪】知るのは中曽根康弘!


そのミサイル撃墜は自衛隊か、米国か?


死者五百数十名、御巣鷹山の謎!

東海アマブログ 日航123便、墜落原因の続報 森永卓郎・青山透子・ベンゼン環(記事は下記に)

2018年8月12日、日航123便墜落事故から33回目の年、新たな証拠が出た:墜落現場に最初に入った自衛隊は乗客救助をせず、証拠隠滅を謀っていた? ( その他国際情勢 ) - 新ベンチャー革命 - Yahoo!ブログ(記事は下記に)


RAPT | JAL123便墜落事故の真実を「墓場まで持っていく」と言った中曽根康弘こそ、JAL123便撃墜の首謀者ではないのか。


日航機JAL123便墜落【ミサイル事故説】生存者は火炎放射器で息の根を止められた【国家機密】この事件のあと日本は以前にもまして対米全面服従になった!日本の安定成長が失われた大きなきっかけとなった!森永卓郎氏、 青山透子著…日本航空123便墜落の新事実、目撃証言から真相に迫る/ジャンボ機を追尾するファントム2機と赤い物体の目撃者!自衛隊の訓練用ミサイルなどの飛行体はオレンジ色で塗られていた!何らかの理由で、その飛行体が123便の尾翼を破壊したため、123便は制御不能に陥ったのだ! - みんなが知るべき情報/今日の物語


御巣鷹、日本航空123便墜落事故/狙いは日本のOSトロンの技術者だった?/Windows躍進、米世界戦略!

東海アマブログ 日航123便、墜落原因の続報 森永卓郎・青山透子・ベンゼン環

大竹交遊録、森永卓郎のラジオ番組で、1985年、御巣鷹山に墜落して五百数十名の命を奪った、日航123便事故について、驚異的な新証拠が発見されたとの続報が話された。


日航123便墜落時、日航スチュワーデスだった青山透子氏は、その後、東大大学院に進み、博士号を取得、ノンフィクション作家として、日航123便事故追求に生涯を捧げてきた。


彼女は、1985年に墜落し、すでに33年を経て風化した現地の再調査を繰り返す中で、驚異的な新証拠を発見した。


 墜落現場の遺物をたくさん持ち帰り、精密検査をしたところ、多量のベンゼン環が発見されたのである。


 ベンゼン環は、123便ジェット燃料には決して含まれないもので、これは青山氏が、最初の現地調査で、捜索隊が現地に到着したとき、「ガソリンとタールが混合したような激しい臭気に満ちていた」との証言と、遺体の炭化度の凄まじさから、これは墜落時に漏洩したジェット燃料火災によるものでなく、人為的に「火炎放射器」によって、遺体と現場が焼かれていたことの非常に明瞭な証拠である。


この先遣自衛隊が、火炎放射器を使って、まだ生きていた遺体ごと現場を焼却し、証拠隠滅を図ったとみて間違いない物証が出てきたわけである。

 そして、後発自衛隊員が、現地に近づくと、これを銃撃したことがNHKの実況中継から示された。

 後発隊の数名は、先遣隊が生存者を殺害している現場を目撃したことで、自殺に見せかけて殺害された。


 いったいなぜ、現場を完全に焼却して証拠隠滅する必要があったのか?


 中曽根康弘は、123便事故について、「墓場まで秘密を持って行く」と語った。(全文は下記に)

2018年8月12日、日航123便墜落事故から33回目の年、新たな証拠が出た:墜落現場に最初に入った自衛隊は乗客救助をせず、証拠隠滅を謀っていた?-新ベンチャー革命 -

3.日航123便墜落の第一原因をつくった護衛艦・まつゆきのミサイルテストは誤射だったのか


  上記、護衛艦・まつゆきは、1985年8月12日夕刻、相模湾で試運転中でした(注4)。


  試運転中の艦に搭載された機器は、納入メーカーの技術者の立会の下で、テストが行われていたと想像されます。


  したがって、まつゆきに搭載された無人標的機ファイヤー・ビーも誘導ミサイル・チャカ2も、このとき、米国人エンジニアが操作した可能性があります。


  この危険なテストを実行した際、日航機に当たる可能性をわかって強行したのか、偶然のミスだったのか、われら国民にとってはまったくの謎です。


 4.自衛隊護衛艦・まつゆきのミサイル実験(模擬実験)が誤射だったのであれば、その事故後、日航123便の機長の要求どおり、米軍横田基地に緊急着陸させれば、500人超の犠牲者は出なかったはず…(全文は下記に)


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東海アマブログ 日航123便、墜落原因の続報 森永卓郎・青山透子・ベンゼン環

日航123便、墜落原因の続報 森永卓郎・青山透子・ベンゼン環


 大竹交遊録、森永卓郎のラジオ番組で、1985年、御巣鷹山に墜落して五百数十名の命を奪った、日航123便事故について、驚異的な新証拠が発見されたとの続報が話された。


https://www.youtube.com/watch?v=fwhvLdZrMHk


 先の、日航123便の森永報告は


https://www.youtube.com/watch?v=H7MVF14ir8Q&t=10s


 これについての私のブログは


 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-339.html


 日航123便墜落時、日航スチュワーデスだった青山透子氏は、その後、東大大学院に進み、博士号を取得、ノンフィクション作家として、日航123便事故追求に生涯を捧げてきた。



https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E8%88%AA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E3%81%AE%E6%96%B0%E4%BA%8B%E5%AE%9F-%E7%9B%AE%E6%92%83%E8%A8%BC%E8%A8%80%E3%81%8B%E3%82%89%E7%9C%9F%E7%9B%B8%E3%81%AB%E8%BF%AB%E3%82%8B-%E9%9D%92%E5%B1%B1%E9%80%8F%E5%AD%90/dp/4309025943/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1534225679&sr=1-1&refinements=p_27%3A%E9%9D%92%E5%B1%B1%E9%80%8F%E5%AD%90


 彼女は、1985年に墜落し、すでに33年を経て風化した現地の再調査を繰り返す中で、驚異的な新証拠を発見した。


 墜落現場の遺物をたくさん持ち帰り、精密検査をしたところ、多量のベンゼン環が発見されたのである。


 ベンゼン環は、123便ジェット燃料には決して含まれないもので、これは青山氏が、最初の現地調査で、捜索隊が現地に到着したとき、「ガソリンとタールが混合したような激しい臭気に満ちていた」との証言と、遺体の炭化度の凄まじさから、これは墜落時に漏洩したジェット燃料火災によるものでなく、人為的に「火炎放射器」によって、遺体と現場が焼かれていたことの非常に明瞭な証拠である。



 また、墜落時に、米軍は墜落機を追尾して、現地を確認し、即座に救助隊を送り込んだのだが、日本政府が、これを阻止し、米軍による救助を拒否し、さらに自衛隊の先遣隊が、その日のうちに現地に到着していた証拠があった。


 これらの事実について、公的資料から明らかにされているにもかかわらず、政府もマスコミも、まるで統制されているように、一様に口をつぐんでいるのは、フクイチ事故の被曝障害の実態を絶対に報道しないことと同じである。


 この先遣自衛隊が、火炎放射器を使って、まだ生きていた遺体ごと現場を焼却し、証拠隠滅を図ったとみて間違いない物証が出てきたわけである。

 そして、後発自衛隊員が、現地に近づくと、これを銃撃したことがNHKの実況中継から示された。

 後発隊の数名は、先遣隊が生存者を殺害している現場を目撃したことで、自殺に見せかけて殺害された。



 いったいなぜ、現場を完全に焼却して証拠隠滅する必要があったのか?


 中曽根康弘は、123便事故について、「墓場まで秘密を持って行く」と語った。


 http://rapt-neo.com/?p=28575


https://anincline.com/nakasone-yasuhiro/


 中曽根康弘が墓場に持って行く秘密とは、いったい何なのか?


 青山透子の現地調査と証言採集から、123便を、追うようにオレンジ色の物体が追尾していたという証言が得られている。

註、青山が採集した証言では、オレンジ色の物体が、尾翼に張り付くようにしていたと、たくさんの証言があり、相模湾上空で尾翼を破壊した模擬ミサイルが、そのまま水平尾翼に乗っかるようにして、御巣鷹山まで飛んだと考えられる。

 これを目撃した、機体後部の乗客を皆殺しにしたのである。

 火炎放射器を使った理由は、おそらく乗客のカメラを完全に焼いてフィルム証拠を隠滅するためだっただろう。



 これは、証言から、自衛隊が訓練用に使用している模擬ミサイルの破片であると考えてほぼ間違いない。

 日航123便を、異常飛行を起こす前に、二機の自衛隊戦闘機が、追尾していたと報告が多数あり、この機が装備していた模擬ミサイルの破片が墜落現場から発見されているのである。


 この模擬ミサイルが、123便の尾翼、圧力隔壁を破壊したのは、ほぼ確実といえよう。

 そうすれば、落合客室乗務員の証言と完全に一致した経過が明らかになる。


 http://www.link-21.com/JAL123/011.html


 自衛隊は、おそらく訓練として自衛隊機が模擬ミサイルを123便に発射し、それが尾翼を破壊して五百数十名の死者を出した事実を、墜落生存者を虐殺してまで隠蔽したかったのである。


 墜落時に多数の生存者がいたことも、たくさんの証言から明らかになっている。そして、たまたま、機体が分裂して前部が遠いスゲノ沢中に落ちて、後部の現場から見えなかったことで、落合さんや川上さんたちが殺害されずに救助されたのである。

 先遣自衛隊に発見された機体後部の生存者は、その場で火炎放射器によって激しく焼かれて殺害された。


 自衛隊は、なぜ、ここまで人道上の致命的な極悪判断をしてまで、証拠を隠滅したかたのか?


 おそらく、当時、防衛予算枠の1%枠問題があり、自衛隊に問題があることを知られたくなかったという強い意志が中曽根政権に働いた可能性があるが、詳細は分からない。


 中曽根は、「強い日本」の標語を掲げ、防衛費の大幅増大により、三木内閣が設定した1%枠を廃棄しようとしていたのであり、123便を自衛隊が墜落させたということになれば、おそらく巨大な問題になると同時に、中曽根政権の存続さえ危うくなると考えたのであろう。


 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E8%A1%9B%E8%B2%BB1%25%E6%9E%A0


 中曽根が墓場に入るのは時間の問題だが、日航123便事故について、「墓場に持って行く」と語った秘密は、身の毛もよだつほどの恐ろしい内容であることは間違いないだろう。


 これほどの巨大な事件と残酷な証拠隠滅行為を、例え防衛庁長官であっても命令することなどできない。

 乗客をカメラごと火炎放射器で焼くよう命令できるのは、中曽根康弘総理大臣、ただ一人である。


 森永卓郎は、翌年、中曽根政権がプラザ合意によって、日本側が致命的に不利になり、その後の、数十年にわたる日本経済低迷の原因となった奇っ怪な経済協定について、なぜ、日本側が極端に不利な合意を飲まされたかについて、おそらく、この事故の隠蔽をネタにアメリカに脅されたのだろうと示唆している。


 これは十分にありうる話で、墜落時、米軍は完全にレーダー追尾していて、戦闘機も飛ばして墜落現場を確認して、救助ヘリまで送り込んでいながら、日本政府の要請によって撤退している。

 おそらく、アメリカ側は、この事件の真相を知っており、これを取引材料に使って中曽根政権を脅し、後々、日本経済を崩壊させるほどの不公平協定を結ばせたと考えるのには、十分すぎるほどの根拠がある。

2018年8月12日、日航123便墜落事故から33回目の年、新たな証拠が出た:墜落現場に最初に入った自衛隊は乗客救助をせず、証拠隠滅を謀っていた? ( その他国際情勢 ) - 新ベンチャー革命 - Yahoo!ブログ

2018年8月12日、日航123便墜落事故から33回目の年、新たな証拠が出た:墜落現場に最初に入った自衛隊は乗客救助をせず、証拠隠滅を謀っていた?


2018/8/15(水) 午後 4:15 日米関係 その他国際情勢


新ベンチャー革命2018年8月15日 No.2099


 タイトル:2018年8月12日、日航123便墜落事故から33回目の年、新たな証拠が出た:墜落現場に最初に入った自衛隊は乗客救助をせず、証拠隠滅を謀っていた?


 1.1985年8月12日に起きた日航123便御巣鷹山墜落事件で、新たな見解が出てきた:元日航スチュワーデスの執念がもたらした証拠発見か


 2018年8月12日は、1985年8月12日に起きた、あの悪夢の日航123便の御巣鷹山墜落事故における犠牲者521人(妊娠中の犠牲者の胎児一人含む)の33回目の命日(34回忌)であったので、本ブログでは、同日、本件を取り上げました(注1)。


  ところが、その後の8月14日、ネットでは、本ブログが過去に取り上げてこなかった視点から本事件を取り上げたブログ記事がアップされました(注2)。


  当該事件に関して、本ブログがこれまで、取り上げていなかったのは、墜落現場にて、秘かに自衛隊が証拠隠滅をやったという疑惑でした。ところが、今回、日航の元スチュワーデス・青山氏の執念による真相追究で、自衛隊による証拠隠滅工作が新たな疑惑として浮かび上がってきました。


  日本国民の生命財産を守るべき自衛隊があろうことか、墜落現場に取り残された乗客を救助するどころか、証拠隠滅で焼き殺したという驚愕の見解です。


  そう言えば、墜落事故発生時、犠牲者の遺体を検視した歯科医師が“二度焼きされたようだった”と事件発生後に証言していましたが、その証言と今回の新たな疑惑、すなわち、自衛隊員が、乗客を火炎放射器で焼き殺したという疑惑と見事に符合します。


 2.ネットにて、自衛隊が証拠隠滅を謀るため、自国民を殺害したという疑惑が流布しているのを国家は無視するのか


  上記の疑惑が真実だったら、自衛隊員が国民を殺害したという国家犯罪が成立します。


  ここまできたら、防衛省は、ネットのウワサを黙殺することはもう許されないのではないでしょうか。


  さて、本件に関するネットの定説、それは、1985年8月12日夕刻、日航123便が相模湾上空を航行中、新造された自衛隊護衛艦・まつゆきは相模湾にて試運転中であり、艦に搭載された米国製ミサイルのテストをしていて、ファイヤー・ビーとチャカ2が、123便に当たったのが事故の第一原因であった言う説です (注3)。もし、この説が正しければ、後部圧力隔壁破裂による垂直尾翼損傷を事故原因と断定している日本政府調査報告書は、国民を欺くウソのレポートということになります。


  われら国民の血税を原資に運営されている日本国家が、国家を支える国民をだましているということです。


 3.日航123便墜落の第一原因をつくった護衛艦・まつゆきのミサイルテストは誤射だったのか


  上記、護衛艦・まつゆきは、1985年8月12日夕刻、相模湾で試運転中でした(注4)。


  試運転中の艦に搭載された機器は、納入メーカーの技術者の立会の下で、テストが行われていたと想像されます。


  したがって、まつゆきに搭載された無人標的機ファイヤー・ビーも誘導ミサイル・チャカ2も、このとき、米国人エンジニアが操作した可能性があります。


  この危険なテストを実行した際、日航機に当たる可能性をわかって強行したのか、偶然のミスだったのか、われら国民にとってはまったくの謎です。


 4.自衛隊護衛艦・まつゆきのミサイル実験(模擬実験)が誤射だったのであれば、その事故後、日航123便の機長の要求どおり、米軍横田基地に緊急着陸させれば、500人超の犠牲者は出なかったはず


  ネットでは、まつゆきから発射されたファイヤー・ビーは日航123便の胴体のハラに接触し、数秒後、それを追撃していたチャカ2が、当該機の垂直尾翼に命中したと言われています。


  まつゆきの上空を飛行中だった自衛隊機はすぐに、この状況を把握したので、その後、自衛隊機が迷走飛行中の123便を追尾しているところを地上から多くの人に目撃されています。


  事故後の123便は方向舵を失って、羽田空港にUターンできず、米軍横田基地への緊急着陸を要請し、横田基地はいったん、これを受け入れていたのですが、着陸直前で拒否され、御巣鷹山方面に自衛隊機で誘導されたのです。最終的には、緊急発進した米軍機の中性子爆弾搭載の小型ミサイルで123便は撃墜されたと言われています(注4)。


  ここで疑問なのは、123便からの横田基地緊急着陸要請を拒否したのは誰かと言う点です。


 横田基地の米軍はいったん、緊急着陸を受け入れていたのですから、米軍横田基地の人間ではない何者かが、拒否するよう指示したのです。


  ネットでは、当時の中曽根首相が指示したと言われています。もしそうだったとすれば、中曽根氏は、民間機が自衛隊に攻撃されたという事実を国民に隠蔽したかった可能性がありますが、今でも、その真相は謎です。しかしながら、中曽根氏は、真相を知っているでしょう。


 5.123便を製造した米国・ボーイング社は後部圧力隔壁の修理ミス(ウソ)をすぐに認めたのはなぜか


  上記、事故原因を、123便の後部圧力隔壁の修理ミス(ボーイング社のミス)とした日本政府の調査報告書を正当化するには、その大前提として、123便の製造者である米ボーイング社が、後部圧力隔壁の修理ミスを認めなければならなったのですが、同社は事故後、ただちに、それを認めています。


  本ブログでは、日本政府調査報告書はウソと観ていますから、なぜ、ボーイング社が日本政府に協力したのかに関心を持ちました。


  本ブログの見方では、その後、ボーイング社が総額2兆円のオスプレイ開発資金をもらったからと観ています(注5)。


  穿った見方をすれば、2兆円にのぼるオスプレイ開発費の影の負担者は、実は日本政府かもしれません。


  もしそうなら、この2兆円の原資は、日本政府が、われら日本国民から搾り取った血税ということになります。


  いずれにしても、中曽根氏はすべての真相を知っているわけですから、存命中に真相を告白すべきです。


  最後に一言、中曽根氏は、70年代、ロッキード事件が起きたとき、田中角栄同様に、自分もロッキードから裏金をもらったのですが、同氏は狡猾にも、米国政府に書簡を送って、自分のもらった裏金について、米政府にモミケシを依頼していたそうです(注6)。この人はそういう人間だということです。


 注1:本ブログNo.2096『2018年8月10日、群馬県防災ヘリが墜落事故を起こす:33年前の日航機123便墜落事件の真相がいまだに明かされないことが関係しているのか』2018年8月12日

https://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/37467767.html


 注2:東海アマブログ“日航123便、墜落原因の続報 森永卓郎・青山透子・ベンゼン環”2018年8月14日

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-445.html


注3:日本航空123便墜落事故を検証する 2013年12月18日

http://www.link-21.com/JAL123/index.html


 注4:本ブログNo.948『毎年8月12日が来ると日航123便墜落事件が走馬灯のように蘇る:元・日航エリート社員の故・佐宗氏の遺言を聴け!』2014年8月12日

https://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/34025298.html


 注5:本ブログNo.618『日航123便御巣鷹山墜落事件とオスプレイ(鷹)をつなぐ糸:1985年、濡れ衣を着たボーイングへのご褒美はおいしいオスプレイ開発受注(2兆円)だった?』2012年8月12日

http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/30141716.html


 注6:本ブログNo.78『ロッキード事件中曽根の秘密リーク:東京地検特捜部真っ青』2010年2月13日

https://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/8679646.html


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